『火山のふもとで』松家仁之著 ー 建築と時間が織りなす物語

松家仁之の『火山のふもとで』は、長野県の浅間山麓を舞台に、建築をめぐる人々の人生と時代の流れを静謐に描いた作品だ。主人公は、大学卒業後に村井設計事務所に就職し、ある公共図書館の設計コンペに関わることになる。

物語の舞台と登場人物

本作の主人公である「私」は、新米の建築設計者。村井設計事務所に勤めることになり、「夏の家」と呼ばれる建築事務所の別荘で仕事をする。この山荘は、火山のふもとの厳しい自然環境と調和するように設計されており、建築の在り方を深く考えさせる場となる。

「私」は、そこで過ごす時間の中で、建築とは単なる構造物ではなく、人の生き方や価値観を映し出すものだと実感する。そして、建築事務所の一員として、公共図書館の設計コンペに取り組む過程で、設計の本質や建築の意義について思索を重ねていく。

本書の魅力 ー 風景描写と静かな時間の流れ

『火山のふもとで』の魅力の一つは、風景描写の美しさにある。浅間山麓の四季の移ろい、木々のざわめき、光と影の変化が繊細に描かれ、まるでその場にいるかのような感覚を読者に与える。これらの描写が登場人物たちの心情と響き合い、物語に深みをもたらしている。

また、時間の流れがゆったりと描かれる点も、この作品の特徴だ。大きな事件や劇的な展開はなかなかないものの、建築と向き合う主人公の姿や、周囲の人々との関わりの中で、価値観や人生観が少しずつ変化していく様子が丁寧に描かれる。

建築と物語の関係

本作では、建築が単なる背景ではなく、物語の根幹を成す要素となっている。主人公が訪れる山荘は、自然と共生する建築のあり方を示し、彼が携わる公共図書館の設計コンペは、建築の社会的役割を考えさせる契機となる。

図書館の設計をめぐる議論や、設計過程で直面する困難は、建築の本質やその意義について深く掘り下げるものとなっており、建築に興味のある読者にとっても読み応えのある内容となっている。

余韻を残す読後感

この物語は、派手な結末や劇的な展開を求める作品ではない。しかし、読後には深い余韻が残る。建築というテーマを通じて、時間の流れや人の生き方について思索する機会を与えてくれる作品だ。

特に、建築をめぐる思索の中で語られる「生き方」の美学が心に響く。何気ない日常の積み重ねの中でこそ、人の価値観や人生観は形作られていくのだと実感させられる。

まとめ

『火山のふもとで』は、静かに心に染み入る物語だ。派手な展開はないものの、緻密な風景描写や建築をめぐる哲学的な問いかけが、読者に深い感動を与える。

個人的には「図書館」がメインで出てくるため想像していて楽しく読めた。また、自分の半生を思い出したり、これからの半生のことを思う機会にもなった。なんとも言えぬ、ゆっくりと時間をかけて物語の余韻を味わうことができる一冊。40歳以上は読むべし。