現実を生きるサル 空想を語るヒト―人間と動物をへだてる、たった2つの違い
今回はトーマス・ズデンドルフ著「現実を生きるサル空想を語るヒト」を読んだ。確かリチャードドーキンスの「利己的な遺伝子」、「絵本 種の起源」、「言語はこうして生まれる」あたりを読んだ流れで手に取ったんだと思う。この時期は言語と脳と種について興味があったのだ。
ヒトと動物の心の違い、特にヒトの特異性について深く掘り下げたものだ。ヒトと大型類人猿との比較認知、比較心理、ヒトの心理の進化などを専門としている研究者の視点から書かれた本書は非常に興味深い。
本書の主張の中心は、「ヒトと動物の心の違い(ヒトの特異性)は、主に『再帰構造を持つシナリオ構築力』と『心を他者の心と結びつけたいという衝動』にある」というものだ。
著者(ズデンドルフ)はこれを説得的に示すために、関連分野のリサーチを驚くほど丁寧に総説している。 その結果、本書はヒトの特異性についての認識の歴史から始まり、ダーウィン、デカルトの動物=自動機械論からヒトと動物の連続性の認識へと進んでいく。それに続いて、霊長類の解説や比較心理の問題点、ヒトの特異性を示す心的能力のヒトと動物の違いを分野別に見ていくなど、一貫して深く掘り下げられている。
特に興味深かったのは、動物にエピソード記憶があるという証拠がないこと、また、ヒトが持つ再帰的なシナリオの再構築能力と現在以外の時間について考える能力が、これらのエピソード記憶と予測能力に深く結びついているという指摘だ。
その他、チンパンジーに心の理論があるかどうかについての論争や、道徳的な善悪の判断に自由意思の感覚が必要であるという議論も、読み応えがあった。 本書の最後では、ズデンドルフがヒトとその他の動物のギャップを構成する要素を整理し、「再帰構造を持つシナリオ構築力」と「心を他者の心と結びつけたいという衝動」がキーだと説明している。これは子供の発達を見ても明らかで、ヒトの独特な生活史戦略にもつながっているという。
本書の最大の価値は、広範なトピックについての総説の網羅性と、論争についての客観的で中庸を得た立ち位置だ。そのため、ヒトの心や認知能力の何が独特なのかについて理解を深めたい人にとって、この本は非常に有用だと思う。 ただし、一部でドーキンスやピンカーの議論に対して皮相的にしかとらえていない部分もある。そのため、その辺りについては読者自身の判断が求められるかもしれない。