タコの心身問題 Other Minds: The Octopus, the Sea, and the Deep Origins of Consciousness
内なる声が聞こえることが、人間が他の動物とを隔てる特徴だ。自分の声を聞くことで自分と対話をすることができるようになった。誰かと対話をして生き延びてきたことが自分一人でできるようになった。しかも静かにだ。心の中は常に賑やかであるにも関わらずだ。
さて、その脊椎動物の頂点にいる人間と、無脊椎動物の頂点にいると言われているタコとの比較の話がこの本である。
タコが外部刺激から思考をし、それに対して反応を返すことが知られている。これを思考と呼べるのか。では思考とは何だ?そもそも思考するためには意識が必要だ。じゃあ意識を持つようになった我々にとって意識を持つとは何だ?魚は意識があるのか?蛇は思考するのか?どうやって意識を持つようになったのだ?
こーんなことを生物の誕生から順に追って説明している。
タコと人間の神経系の発達度は、見た目の違いからは想像できないほど似ている。人間とタコはおよそ6億年前に共通の祖先から分岐し、それ以降まったく異なる道を進んできた。しかし、その進化の過程でタコが獲得した知性は、人間と同等のレベルに達していると考えられている。
タコは人間を一人ひとり見分ける能力を持ち、好奇心を示すかのように足を伸ばしてきたりする。これらの行動は、他の生物種では考えられないほどに独特で、タコの知性の高さを物語っている。
人間は神経細胞が脳に集中しており、中央集権的に体全体の知覚と行動を制御している。一方で、タコは脳だけでなく、腕にも感覚器と身体の制御機能が分散して備わっている。脳と腕は別個の意思で動いているのだ。別々で思考していると言ってもいい。腕が伸びるまでは脳がコントロールし、そこからは腕が思考をしている。つまり伸びたあとのことは脳はどうなるか分からない。不思議だ。
以下は、ここおもろかったなと言うところを引用する。
動物は多数の細胞から構成されており、その多数の細胞が協調して活動している。動物の進化は、一部の細胞が自らの独立性を下げ、「全体の一部」として機能することを選んだ時から始まった。
タコの心身問題 : 頭足類から考える意識の起源 | Godfrey-Smith,Peter,1965- 夏目,大,1966-
細胞が俺も俺も!と主張しているうちは弱い。多くの細胞が一つの機能として、まとまりのある動きをしたときに動物の進化が起こったと。なるほどなー
動物の細胞間の協調には、いくつかの種類がある。一つは、細胞間で情報を伝達し合うという種類の協調だ。植物など他の多細胞生物の細胞間にも見られる。このおかげで、多細胞生物は成り立つ、つまり全体として一つの個体として存在できる。もう一つは、より歴史の浅い協調で、動物に特有のものだと言っていい。動物は少数の例外を除き、規模の大小に違いはあるが、ほぼすべて神経系を持っている。神経系は、個体を構成する一部の特殊な細胞間で、ある特定の物質がやりとりされることを基礎として機能する。動物の中には、この特殊な細胞が一箇所に大量に集まって、特異な情報伝達を行う電気化学的信号を飛び交わす「脳」と呼ばれる器官になっているものがある。
タコの心身問題 : 頭足類から考える意識の起源 | Godfrey-Smith,Peter,1965- 夏目,大,1966
脳がどうやって構成されてできているかの説明が秀逸。めちゃくちゃ納得した箇所。
エディアカラ紀の末期に他の動物の死骸を食べる動物が現れ、その後に捕食動物が現れたと考えている。微生物を食物としていた動物たちがやがて、他の動物の死骸を食べるようになり、ついには生きた動物を狩って食べるようになった。
タコの心身問題 : 頭足類から考える意識の起源 | Godfrey-Smith,Peter,1965- 夏目,大,1966-
移動ができる生物が出てくる契機になったってことか!
近年、心理学の世界では「身体化された認知」という理論がもてはやされるようになった。タコという動物の存在がこの理論が重要であることを証明しているという人もいる。この理論は元来、特にタコを念頭に置いていたわけではなく、私たち人間を含めたあらゆる動物に適用されるはずのものだ。ロボット工学に影響を受けた考え方でもある。「身体化された認知」理論では、動物が世界に対処する「賢さ」を担うのは脳だけではない、身体も賢さの一端を担っていると考える。周囲の環境がどのようになっているの
か、またそれにどう対処すべきか、といった情報は、実は身体にも記憶されている。身体の構造それ自体が記憶なのだ。だからすべての情報が脳に記憶されているわけではない。たとえば、私たちの手足の関節のつくり、ついている角度などは、歩行などの行動を自然に生むようになっている。
タコの心身問題 : 頭足類から考える意識の起源 | Godfrey-Smith,Peter,1965- 夏目,大,1966-
人間とは、表象や感情が集まった束にすぎず、しかもどの感覚も感情も「想像を絶する速さでたがいに継起し、絶え間のない変化と動きのただなかにある」という。
タコの心身問題 : 頭足類から考える意識の起源 | Godfrey-Smith,Peter,1965- 夏目,大,1966-
会話をするうちに、混乱していた考えが整理されることもあれば、あちこちに分散していた注意が特
定の事象に向かうこともある。また、すべきことにどういう順序で取り組むべきかがよくわかる場合もある。子供は、ある程度、話ができるようになると内なる声(内言、innerspeach)を獲得する、とヴィゴツキーは考えた。子供の言語もすぐに、外に向かう発話と、内に向かう発話に枝分かれするということだ。ヴィゴツキーにとっての内なる声は、単に声のない言葉というだけではない。それには口から発する言葉とは違う、独特のパターン、リズムがある。そして、この言葉があるおかげで、思考を秩序立てることができる。
タコの心身問題 : 頭足類から考える意識の起源 | Godfrey-Smith,Peter,1965- 夏目,大,1966-
ここの箇所は、もう最近読んでた本たちと一気に繋がっていったので気持ちよかったなー
外界の状況を感知し、外に向かって信号を発する能力が内面化して、ついには神経系を生んだ。それを進化史上の重要な内面化の一つとすれば、思考のための道具として言語が使われたのはまたもう一つの重要な内面化だった。どちらの場合も、自分以外の生物とのコミュニケーションの手段だったものが、自分の内部でのコミュニケーションの手段に変化したことになる。
タコの心身問題 : 頭足類から考える意識の起源 | Godfrey-Smith,Peter,1965- 夏目,大,1966-
冒頭に述べた箇所だ。内なる声を獲得したことで、自分と対話ができるようになったのだ。うーむ。
いやぁむちゃくちゃ面白かったな。続編の『メタゾアの心身問題』も気になるところだ。