替え歌

娘が0才の頃、あらゆる場面で歌を歌いながら行動をしていた。あやすときとか寝かしつけとかそういったときだ。特別なことではないと思う。ただ既存の歌に限らずオリジナルのアドリブソングはとても多く歌った。

バンド活動をしていた自分にとって、作曲はふざけた歌詞であるほうがメロディがおもしろいものになりやすい。詞先に限るが、テンポを外したり、ノリの良い曲ができあがる率が高くなる。不思議だ。

そんなわけでオリジナルの歌を娘に歌ってきたのだが、これは本意ではない。本当は既存の歌を歌ってやりたいのだ。それが一番望ましい。何十年も歌い継がれてきているわけだから良作に違いない。時代を超えるものは良い作品と決まっている。だけれど、自分の中に童謡やキッズソングなるもののストックがない!これは大問題だ。知っていたとしても1番だけだったり中途半端な所までなのだ。

最初の頃は適当な歌詞を作ったりハミングしたりしてしのいでいた。

途中から、童謡じゃなくてもよくね?と思い始めて洋楽や懐かし90年代ソングを歌いだした。子供にしてみたら親が自分に眼差しを向けて、自分だけに声をかけてくれているという安堵感が良いのだろうから、歌の種類まではさすがに気にしなくてもよくないか?と考えたのだ。

しかしそうこう大人向けの歌を歌っていると一つ気が付いたことがある。
童謡には歌の間合いがないのだ。北原白秋の作詞で知られるこれを見ると

雨雨降れ降れ

母さんが蛇の目でお迎い

嬉しいな

ピチピチちゃぷちゃぷランランラン♪

うーむすごい。オノマトペが入ってくるし、最後はランランランだ。このランランランはなかなかできない。作詞作曲をした人ならよくわかるはずだ。歌詞で「ウオ~ウ~オー」みたいな歌詞をぶっこむのは勇気がいる。こいつ…歌詞を手抜きしてるんちゃうんかとか、思いつかんかったんかとか、思考放棄やないかとか色々と考えてしまうのだ。少なくとも自分はそう思ってしまう。しかし、このランランランみたいな部分は多分に人の琴線に触れたりするのでわっかんないものだ。

そんな話じゃなかった。言葉と言葉の間がないのだ。例えばミスチル

いつの日も この胸に流れてるメロディー

軽やかに 緩やかに 心を伝うよ

陽のあたる坂道を昇る その前に

また何処かで 会えるといいな イノセントワールド

なが~れてるメロディー ♪♪♪ か~ろやか~に
♪のところは歌っていない。こういうことが大人向けの楽曲では起こる。ま、当たり前だ。童謡はこの間がないので、子どもは安心していつまでも居心地よく聞いてられる。ということはオリジナルの歌も間のない曲じゃないと安心感を与えられないのじゃないだろうか。

そう考えてからは間のない、かつ子どもでも分かる言葉での作曲が続く。

みーぎて!(右手を触りながら)ひだ~りて!(左手を触りながら)
みぎ~あし!(右足を触りながら)ひだ~りあし!(左足を触りながら)
みーぎててててててててて!ひだ~りてててててててててて!

こんな感じの歌だ。

そんな環境で育った娘が2歳を過ぎるころに歌を歌っていた。小規模託児所みたいな集団生活をするようなところに週2回ほど預けていたのだが、そこでは毎月の歌があって、娘が覚えてくるのだ。

きーだーきーだーひかるーおそれーのほーしーよー
まーばーたーきーしーてーはーおーそーれーのほーしーよー
(きらきら星)

メロディが頭にはいっているので、あとは正しい歌詞を覚えられるかだ。2歳児は歌詞の意味を取ることは難しい。繰り返し繰り返し聴こえてくる先生の歌を聴いて、真似て歌う。自分で歌いながらなんか変だなーっていう箇所はごまかそうとする。が、その歌は好きなので音韻が似ている言葉を持ってきたり、同じところのメロディをループしたりする。

3歳になるとごまかさない。完全に新しい歌詞を持ってくるのだ!これが驚く。自分の生活に即した歌詞だったり、園で聞いてきたような言葉だったり、ストーリー性があったりする。それを即興で歌詞としてメロディに乗っけていく。傍で聞いていると興味深い。途中セリフみたいなのが入ってくると、それってラップやんって思う。よく考えつくなー。

もう一つ驚くことがある。日本語の歌の多くは一つの音に一文字を乗せることが多い。
ドドソソララソ ファファミミレレド
キラキラひかる お そ らのほしよ

英語は単語自体が音なので以下のようになる。
ド ド  ソ ソ ララ ソ   ファファ ミミ レ  レ ド
Twinkle twinkle little  star  How  I  wonder what you are!

娘はそのルールを守って替え歌を作る。しかも、小節が切れるところで歌詞の意味がきっちり終わるように作る。Greatだと思う。

子供のこういうなんてこたなさそうに見えて、実は結構興味深いことは多い。認知力が向上していっているのが分かるし、語彙力が増してるのも見て取れる。3歳ってできることがたくさん増える。みるみるまに。できなかったことができるようになっても、大人は0歳のときのように驚嘆してくれないのかもしれない。いくつになってもできなかったことができたり、自分のできたことを誰かに肯定してもらえるというのは幸せなことだ。そういう他者からのたくさんのGOOD!が、いつしか自分で自分のことをGOOD!と言えるようになり、自らの足で立って生きていけるようになるのだろう。

今日も家にはかわいらしい歌声が響く。