どんな子供も学びたいと思っている。
生徒は学びたいと思っている。低学力の子供も同様に学びたいと思っている。
ただ必ずしも授業はそれら低学力の生徒にあわせて進むものではない。
わからないまま休み時間にはいる。先生は次の教室に移動してしまう。
子供はまぁいいか次聞こう、と毎日を過ごしてしまう。気がつけば授業のほとんどがわからない。

卒業後、自学自習ができる人間になってほしい。そのために4月からこう告知する。

「専用のノートを持ってきた生徒には、英語と国語なら問題をだします。ただし毎日です。毎日やるぞという生徒だけです。」

学びの姿勢が本気かを確かめる。これでノートを持ってくるようなら続く。
賢い生徒はそれほど食いついてこない。成績中位〜下位の生徒が持ってくる。女子のほうがまじめだ。男子はじっくり考えず、軽率に取り組むことが多い。
俺が特に気にかける生徒は、まじめに授業を聴き、ノートをとり、かつ成績があがらない生徒。ただし要支援は除く。
これは点数につなげる勉強法がまずい可能性が高い。個人的に声をかけて、具体的に対策を練る。
ここは素直さに期待するしかない。素直に言ったことを実行してくれればもうけもの。

「物事は100回、100日、100時間と100を基準に上達する。勉強なら100時間。そこまでは成績はなかなか上がらない。だから焦るな。心配するな。大丈夫や。」

上記のように告げる。あとはこの素直さが3ヶ月続くかがネックとなる。

子供の「わかった!!!」「成績あがった!!!」という言葉は何よりうれしいもの。
保護者に感謝もされる。が、やるのは生徒自身。教師は生徒をほめ、すかし、励まし、何とかやる気を続かせることが肝要だと考える。
保護者は変わった子供を大いに褒めてほしい。ちょっとでも変われば、そこは褒める。認めてあげることが前向きに変容する第一歩となる。
その子が「自分もやればできる、変われる」と自己肯定できることが何より大切。こう考えて毎日生徒と接している。

110908 border=

考査前になると、部活動の生徒と、ノートを持ってきている生徒には、ちょっと値のはる鉛筆をあげる。激励だ。
他の生徒にも鉛筆をあげる。もちろん私費。こっちは安い鉛筆。
考査の監督にいくと、あげた鉛筆を使っている。その姿を見ると、にやっとしてしまう。

どんな子供も学びたいと思っている。「おもんないねん」と言う言葉は「勉強がわからん、助けてくれ」と同義。
その言葉に対して叱らず、己の未熟さを知り、子供のレベルにあう学びに出会わせる。これがプロだと思う。

偉そうなこと書いたなー

〓いおり〓

| | 20:58 | comments (3) | trackback (x) |

(`ω´)↑△

  

いおり/ioringo/1979/KOBE
hatena(at)chiroha.com
ありがたいコメント
お気に入り
カレンダー
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31     
<<   10 - 2017   >>
RSSなど